「高峰譲吉博士ゆかりの会 設立30周年記念事業」への参加報告
2026年9月13日(日)、金沢ふるさと偉人館で「高峰譲吉博士ゆかりの会 設立30周年記念事業」が開催されました。主催は高峰譲吉博士ゆかりの会、後援は金沢市教育委員会と北國新聞社。当研究会は、金沢ふるさと偉人館とともに特別協力という立場で参加しました。
掲げられたテーマは「博士の功績をたたえ、次世代へ精神をつなぐ」です。以下に、この日の活動を報告いたします。

金沢ふるさと偉人館の一室。正面に「高峰譲吉博士ゆかりの会 設立30年記念事業」の垂れ幕が掲げられました。
30年続く活動
ゆかりの会の発足は平成8年(1996年)11月。初代会長には長谷川一夫氏が就任し、以降、博士生誕献花祭への参加を毎年欠かさず続けてこられました。
当日配布されたプログラムには、「30年のあゆみ」が一枚の表にまとめられていました。
江戸村からの高峰博士住居移転記念セレモニー(2001年)、生誕150周年祭(2003年)、ふるさと偉人館への桜植樹(2004年)、菩提寺碑の建立(2005年・国泰寺)、ワシントン桜里帰り事業の記念植樹(2012年・2013年)、博士没後100年記念法要(2021年)。近年は親子で実験教室と、ゆかりの地を巡るバスツアーが続いています。顕彰活動が途切れることなく積み重ねられてきた30年でした。
2016年には初代会長の長谷川一夫氏が逝去され、翌2017年、追悼パネル展の開催とともに第2代会長に奥様の長谷川保子氏が就任されています。

主催者あいさつに立つ、高峰譲吉博士ゆかりの会 長谷川会長
当日の記録(式典から記念講演まで)
午前10時、長谷川会長の主催者あいさつで開会しました。来賓あいさつには、金沢市長の村山卓氏と、当研究会の清水昌理事長が登壇。金沢ふるさと偉人館、高岡市、宇奈月温泉自治振興会からも関係者が来賓として紹介されました。

来賓としてあいさつに立つ村山市長
10時15分からは琴の演奏。奏者はゆかりの会の会員おふたりです。高峰博士が琴を好んだという言い伝えにちなんだ演目で、演奏のあいだ、会場は静まり返っていました。

ゆかりの会の会員による琴の演奏。高峰博士は琴を好んだと伝えられています。
10時25分からの記念講演は、長谷川会長による「高峰譲吉博士ゆかりの会 これまでの歩み」です。長谷川会長は、博士の妹・せつの孫にあたる初代会長・長谷川一夫氏の奥様です。
講演では「高峰博士の系図」のスライドが示されました。博士と妹たちの血縁をたどって、現在のゆかりの会へ。系図には、ゆかりの会副会長を務めた佐々波秋子氏や、金沢大学薬学部教授として高峰賞の設立に尽力した三浦孝次氏の名前も並びます。高峰賞は、いまも金沢市内の中学生に授与されています。
博士から届いた手紙を保存する国泰寺、香林坊のエムザ南側に立つ高峰博士住居跡のプレート、金沢市内に残るゆかりの場所も、写真で紹介されました。
「誰が、どこで、何を引き継いできたか」という継承の系譜とともに、「あゆみ」が語られていました。
研究会からの活動報告
10時55分からは、長谷部事務局長による「高峰譲吉博士研究会の活動報告」の時間をいただきました。
一次資料にもとづいて高峰譲吉の業績を調べ、展示・講演・出版というかたちで外へ出す。それが研究会の持ち場です。ゆかりの会が30年かけて地域とゆかりの人々の輪を育ててこられたのに対し、研究会は調べて伝える役割を担ってきました。同じ高峰譲吉を対象としながら、機能の異なる二つの団体です。両者が一堂に会し、それぞれの活動を並べて報告できた機会になりました。

パネルディスカッション「高峰譲吉博士の精神を次世代へどう伝えるか」
11時15分からは、この日の中心となるパネルディスカッションです。登壇したのは、清水理事長、金沢工業大学准教授の相良純一氏、長谷川会長の3名でした。
清水理事長は農芸化学・バイオテクノロジーの分野で日本農芸化学会会長などを歴任し、2022年に文化功労者に選出された研究者です。相良准教授はバイオインフォマティクスを専門とし、「未来の高峰譲吉博士は君だ!」を主宰して次世代育成に取り組んでいます。学術・教育・ゆかりの家系という、三つの立場が並びました。
前半は、各パネリストからの話題提供と、「博士の精神を一言で表すと」「若い世代にどう伝えるか」といった問いへの応答。後半は、若い世代の入口をどうつくるか、博士のどの側面を軸に伝えるか、SNSや動画をどう使うか、学校や地域とどう組むかが話し合われました。
まとめで挙がったキーワードは、国際性、探究心、地域の力、若者への入口づくり、継承の仕組みづくりの5つです。高峰譲吉は幕末の加賀に生まれ、ニューヨークで世界初のアドレナリン結晶化を成し遂げ、日米の橋渡し役を果たしました。ローカルからグローバルへ。その伝え方を考える議論が、地元・金沢で交わされました。

テーマは「高峰譲吉博士の精神を次世代へどう伝えるか」。左から長谷川会長、相良准教授、清水理事長、豊原事務局長、長谷部事務局長。
京都の国際学会で掲げたパネルを、金沢で
会場の金沢ふるさと偉人館では、記念事業にあわせて研究会の展示パネルの特別展示が行われました。
2026年6月、京都で第22回国際内分泌学会議が開かれ、世界76の国と地域から研究者が集まりました。研究会はこの学会に特別展示のゲストとして招かれ、高峰譲吉の生涯と業績をまとめたパネルを掲げています。今回展示したのは、そのときのパネルです。
同じパネルでも、置かれる場所が変われば意味が変わります。国際学会で世界の研究者に見てもらったものを、今度は博士が育った金沢で、地元の方々に見ていただきました。
金沢ふるさと偉人館は、2025年12月にリニューアルし、市民や来館者が地元の偉人たちの業績を気軽に学べるよう、入館料が無料になっています。ぜひ多くの方にお越し頂ければと思います。

金沢ふるさと偉人館で特別展示されたパネル
顕彰の輪は、地域を越えて
参加者の多くは金沢周辺の方々でしたが、当日はそれだけではありませんでした。
博士の生地である富山県高岡市からは、ゆかりの会の元理事と高岡商工会議所の関係者が出席。宇奈月温泉自治振興会からも河田会長が足を運ばれました。高岡・宇奈月・金沢と、高峰博士の足跡をたどる地域が、それぞれ代表を送り出しているかたちです。
閉会は12時40分。希望者は会場向かいの石亭へ移り、13時から祝賀会が開かれました。祝賀会では研究会の田口理事もスピーチに立ち、和やかな時間が続きました。
おわりに
この日、研究会が受け取ったものが二つあります。
ひとつは、顕彰を30年続けることの重みです。あゆみの表を見ると、ほとんどの年に何かしらの活動が記録されています。献花祭、植樹、碑の建立、実験教室、バスツアー。継続は力なりという言葉を体現されています。
もうひとつは、「次世代へどう伝えるか」が将来の課題ではなく、現在の課題だということです。会場の参加者の多くは、長く顕彰を支えてこられた世代の方々でした。パネルディスカッションで挙がった「入口づくり」「仕組みづくり」は、理念ではなく実務の言葉として響きました。
高峰譲吉が結晶化したアドレナリンは、いまも世界中の医療現場で使われています。その原点を伝える役割を、次の30年にどうつなぐのか。研究会は、調査と検証、展示と発信という持ち場で、その問いに応えていきます。
あらためて、記念すべき節目にお招きいただいた高峰譲吉博士ゆかりの会の皆さま、会場をご提供いただいた金沢ふるさと偉人館の皆さま、そしてご参加のすべての皆さまに、心より御礼申し上げます。
記事作成:令和8年10月2日/文責:事務局





