Takadiastase, Adrenaline, Epinephrine の語源考
國方栄二(西洋古典学)
アドレナリン、エピネフリンの命名に関しては難しい問題はない。前者はラテン語系、後者はギリシア語系の語形成になっている。
adrenaline: 腎臓を意味するラテン語renes(レーネース)の形容詞形renalis(レーナーリス)の語頭に「ad」が付加されている。adは前置詞で「〜まで、に加えて」の意味であり、これが加わることで、「腎臓に近い」すなわち副腎の意味になる。ちなみに、語末の「ine」は化学ではお馴染みのものであるが、これはラテン語が形容詞化するさいにつく「inus, ina, inum」(それぞれ男性、女性、中性を示す)の語尾が「e」音でまとめられているわけである。ちなみに、eの付加のない語形もあるようだが、この点は重要ではない。
epinephrine: 腎臓を意味するギリシア語nephros (νεφρός)が形容詞化し、これに「epi (ἐπι)」の前置詞が結合したもので、前置詞の意味はラテン語の「ad」と同じである。
そこで問題となるのはTakadiastaseの語源である。インターネットなどにしばしば、
Taka-Diastase is a digestive enzyme discovered by Dr. Jokichi Takamine in 1894. The enzyme name comes from the term “Diastase,” which means “enzyme”, rendered in easier to pronounce German pronunciation, and “Taka,” which means “best” or “excellent” in Greek and is also the first half of Dr. Takamine’s name.
という説明がみえる。
高峰譲吉博士が分離精製に成功した酵素剤は、当初「タカヂアスターゼ」と命名された(「ジアスターゼ」は今日では「アミラーゼ」の名称で呼ばれる)。デンプン糖化酵素ジアスターゼdiastaseは、ギリシア語のdiastasis (διάστασις)すなわち「分離(分解)」に由来する語で、デンプンの分解を意味するわけでなんら問題はない。問題は「taka」が上記英文の説明にあるように、最良、優秀の意味があるかどうかであるが、ギリシア語にはそのような意味はない。ギリシア語で同様の意味の語形をラテン語式に表記すると、
excellent: agathos, khrestos, kalos
strong: iskhyros, enkrates, karteros
best: beltistos, kallistos
というのがあるが、このような意味で「taka」を用いることはない。というよりも、そもそもギリシア語に「taka」という語形は出現しない。ギリシア語から語を作る場合に、logico-philosophicus(論理哲学的)というように、前に語をそえるときに、logikos(ラテン式表記でlogicosになる)の語尾のsをとってlogiko- (logico-)という語形にするという伝統がある。したがって、takaにはtakosという形容詞がなければならないが、そのような形容詞は存在しないのである。
ただし、音だけで「タカ」と言うと、すぐに思いつくのがtakha(τάχαタカ)という副詞である。これは「速い」という意味の形容詞のtakhys(ταχύς タキュス)の副詞形で、「速く」「直ぐに」の意味があり、即効効果の意味にもなりうる。こちらはギリシア語ではごく普通に用いられる語である。これは推測にすぎないが、高峰博士が長い外国生活のなかで、古典語に詳しい人物がそのような指摘をしたときに、博士が聞き違えたのではないだろうか。自分の名字に加えて、この命名にそのような意味があるとすれば、当然ながら喜ばれたであろう。そこから上記のような誤解が生じたのではないかと思われる。
(作成:平成28年1月15日/文責:國方栄二)