青山霊園へ墓参 ~高峰譲吉博士を偲び、高岡とのつながりを語る~
1922年7月22日、高峰譲吉博士がニューヨークで逝去してから、今年で104年となります。
命日である7月22日、今年も研究会関係者で東京・青山霊園を訪れ、博士の墓前にお参りしました。
新たな言葉「酷暑日」の中で
この日の東京は朝から厳しい暑さとなりました。
当日は全国的にも記録的な高温となり、三重県桑名市の40.6℃を筆頭に全国4地点で最高気温40℃以上を観測した一日でした。
「酷暑日」は、気象庁が2026年4月に新たに定めた、最高気温40℃以上の日を表す名称です。
例年の墓参では、青山霊園内に眠る高峰博士ゆかりの人物の墓所を広く巡っています。しかし、今年は「熱中症を出さないこと」を第一に考え、参加者の体調に配慮して行程を短縮しました。
高峰博士の墓前へ
高峰博士の墓前には、お墓を管理されている塩原家より、例年通り白いカーネーションが供えられていました。
参加者一同で線香を手向け、博士への感謝と敬意を表しました。
高峰博士の墓所には、博士の生涯と功績を紹介する案内サインが設置されています。
サインに記載されたQRコードを読み取ると、当研究会のホームページにつながり、墓所を訪れた方が、その場で博士について詳しく知ることができます。
2022年の命日墓参では、この案内サインの設置計画についてご報告しました。現在では墓前で博士の功績を伝える役割を果たしています。
墓石に刻まれた名前から人物に興味を持ち、スマートフォンを通じて、その生涯や功績を知る。歴史を次の世代へ伝える方法も、時代とともに少しずつ変化しています。
フルベッキと服部一三の墓所へ
高峰博士への墓参に先立ち、今回はフルベッキの墓所にも立ち寄りました。
フルベッキは幕末から明治期にかけて日本で教育に携わった外国人教師で、高峰博士も若い頃にその教えを受けています。
高峰博士への墓参を終えた後は、同じ青山霊園内に眠る服部一三の墓所を訪れました。
服部一三は、高峰博士、玉利喜造とともに、1884年から翌年にかけて開催されたニューオーリンズ万国博覧会に派遣された人物です。
遠いアメリカの地で、30代の若き官僚として共に日本文化を紹介した高峰博士と服部一三。その二人が、現在は徒歩で移動できるほど近い青山霊園内に眠っています。
現地で墓所を巡ると、資料の上だけでは捉えにくい人物同士の距離やつながりを、より身近に感じることができます。
ニューオーリンズ万博をめぐる高峰博士、服部一三、玉利喜造、ラフカディオ・ハーンの関係については、昨年の記事で詳しくご紹介しています。
高岡について楽しく学ぶ「たかおかパワーチェック」
墓参後は場所を移し、参加者による懇親と情報交換を行いました。
今後予定されている高峰博士ゆかりの行事や展示、講演、番組制作などについて、各地の活動状況や今後の展開が話し合われました。
その中で紹介されたのが、高岡商工会議所の創立130周年記念事業として公開されたウェブ検定「たかおかパワーチェック」です。
高峰博士の生誕地である高岡の歴史、文化、観光、産業などについて、クイズ形式で楽しみながら学ぶことができます。
問題はランダムに50問出題され、三つの選択肢から答えを選びます。45問以上正解すると合格となり、認定書を取得できます。問題の途中保存や再開も可能で、何度でも挑戦できます。
私も、事前の勉強をせず、初見で実際に挑戦してみました。
結果は、50問中36問正解。残念ながら合格には9点足りませんでした。
高峰博士に関する活動を続けていても、高岡全体の歴史や文化については、まだまだ知らないことが多いと実感します。
問題を解くだけでなく、解説を読みながら知識を深められるため、点数を競う検定というよりも、高岡の魅力を再発見するための入り口といえるでしょう。
皆様も、ご自身の「高岡力」を試してみてはいかがでしょうか。
おわりに
毎年訪れている青山霊園ですが、同じ墓所を訪れても、その年ごとに新しい話題や発見があります。
今年は厳しい暑さの中、高峰博士の墓前で手を合わせるとともに、フルベッキや服部一三の墓所を訪れ、博士を取り巻く人々とのつながりを改めて振り返りました。
また、墓参後の交流を通じて、高峰博士の生誕地である高岡の歴史や文化を学ぶ、新たな取り組みに触れる機会にも恵まれました。
墓参は博士を偲ぶための行事であると同時に、博士をめぐる歴史を見つめ直し、各地で行われている活動を共有して、次の取り組みへつなげていく機会でもあります。
これからも研究会では、高峰博士の功績と人々とのつながりを丁寧に調べるとともに、高岡をはじめ、各地で行われている顕彰活動や新しい取り組みについても皆様にお伝えしていきたいと思います。
記事作成:令和8年7月31日/文責:事務局






