東京都内散策

1)日比谷公園/ハナミズキ
 有名な都立「日比谷公園」。
 公園そのものは高峰博士とは直接のゆかりはありませんが、この公園内に植えられている「ハナミズキ」は、高峰博士らの尽力によりワシントンへ送られた桜(1912年)の返礼として、アメリカより、当時の東京市へ寄贈(1915年)されたものの二世たちなのです。
 事務局は5月1日、この花を撮影しに行って参りました。
ハナミズキ
 当日は曇り空で風の強い日でしたが、白い花のハナミズキは、快晴よりも曇り〜雨模様の方が撮影には適しています。折しも公園の緑は、新緑萌えて爽やかでした。遠くから見ると、まるで新緑の木々に雪が積もっているかのような錯覚を覚えます。
 都内での花の盛りは4月下旬頃だそうで、当日はやや盛りを過ぎた感がありましたけれど、折からのメーデーの集会から伝わって来たシュプレヒコールが、風に乗って梢の上を流れ過ぎて行くなか、木立の奥の森のレストラン「松本楼」では結婚式が行われていたのが印象的でした。
 因にアメリカから贈られたハナミズキの原木は、都立園芸高校にあるということです。
ハナミズキ
 ハナミズキの花は、実は花びらのように見える部分はがくが変化したものだそうで、中心の黄緑色の部分が花の本体なのだそうです。この花びらのように見える「がく」は、白の他に薄紅色のものもあり、都内の街路樹などにもよく見かけます。
※ 場所:東京都千代田区日比谷公園(日比谷門から入って左手奥/ハナミズキ林)

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2)釜屋堀公園/化学肥料創業記念碑
 江東区大島一丁目の釜屋堀公園は、都内のどこにでもあるような小さな児童公園です。
 実はここ、高峰譲吉博士が渋沢栄一、益田孝ら当時の財界首脳たちとともに設立した「東京人造肥料会社」の最初の工場跡地の一部なのです。
釜屋堀公園
釜屋堀公園「尊農」と題する記念碑には、以下のような碑文が刻まれています。

『先覚渋沢栄一益田孝等ノ諸氏ハ維新当初ニ於テ我カ國運ノ躍進ハ必スヤ人口ノ激増ヲ来シ食料問題ハ実ニ邦家将来ノ緊要案件タルヘキヲ洞察シ農業ノ発達ト肥料ノ合理的施用トニ因リ之カ増収ヲ企図スヘキ堅キ決意ヲ為シ欧米ニ於ケル化学肥料ノ研鑽者タル高峰譲吉氏ノ協力ヲ得テ明治二十年初メテ此ノ地ニ東京人造肥料会社ヲ設立シ…(以下略/漢字は当用漢字に変換)』
釜屋堀公園
 この記念碑は昭和18年11月に建立されたものですが、実は公園の入口に別の石碑が建てられています。『窒素+燐酸+加里』の碑と工場建設に関する碑文が刻まれているのですが、去る3月11日の東日本大震災の地震によって一部破損し、私たちが訪れた時は写真(右)のような有様でした。

 ※ 現在は修復されております。画像は > こちら(2013.09.14現在)

 当公園は先にも書きましたが、ごく普通の小さな児童公園で、決して記念公園ではありません。しかしながら、間違いなく近代史の1ページに残る史実を伝え残しているこの公園は、もっと広く知られても良いのではないかと思いました。
 この公園から、今話題の東京スカイツリーが望めます。また、脇を流れる横十間川沿いにはウッドデッキの遊歩道があり、すぐ北(スカイツリー方向)には猿江恩賜公園もありますので、散歩がてら、是非一度釜屋堀公園を訪ねてみて頂きたいと思います。
釜屋堀公園
 ※ 場所:東京都江東区大島一丁目、大島橋際(横十間川沿い)
 ※ 参考リンク…寄稿(2) > バイオテクノロジーの父、関連サイト > 日産化学株式会社(沿革)

(取材:平成23年5月1日/文責:事務局)

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