高峰譲吉博士研究会

お知らせ

日比谷図書文化館特別研究室にて講演会

 千代田区立日比谷図書文化館特別研究室では、「日比谷カレッジ」と呼ばれる「江戸・東京」「本」「スキルアップ」「芸術」「センスアップ」の5つをテーマに講座・セミナー・ワークショップなどを展開し、年齢を問わず誰もが参加できる、さまざまな「学び」と「交流」の場を提供しています。
> 日比谷カレッジ



 また、平成28年10月18日〜12月28日まで、企画展示「国際人としての生き方 〜大航海時代から昭和戦前まで〜」が開催されています。
去る12月8日、これらの関連講座として「古書で紐解く近現代史セミナー第23回 今も世界に輝く高峰譲吉さんの業績」にて当研究会の石田理事長が講演をしました。



 社会人を主な対象とした今回のセミナーは、有料で開始時間が19時と少し遅めにもかかわらず、約30名が参加されました。メモを取る方も多く、落ち着いた雰囲気の中で講演は終了しましたが、終了後も質問が相次ぎ、関心の高さを伺うとともに、高岡市出身の方や金沢にゆかりのある方、同じ北陸地方の福井県出身の方など、地縁のある参加者も見受けられ、大変有意義な講演活動となりました。



以下、質問を抜粋してご紹介いたします。

Q:晩年、帰国について渋沢栄一、益田孝の両氏に相談した時、なぜアメリカ残ってくれと言われたのか。
A:(日露戦争中のアメリカでの情報発信力や桜の贈呈に関する根回しなど)交渉がうまく、広く国内外に人脈やネットワークをもっている高峰さんが日米交流には必要、ぜひアメリカにいてほしいとのことで説得を受けた。

Q:地元北陸での高峰さんの認知度はどの程度なのか、地域における認知活動はどんな様子か。
A:国内の他の地域よりはもちろん認知度は高い。しかし、正確に生涯を調べ上げた資料が少なく、地元の偉人ではあるが、詳しく知る人はそこまで多くないかもしれない。そういった状況もあり、自分は「ホルモンハンター アドレナリンの発見」を上梓した。より地元での認知度を高めることと、国内外に広く知らせること、双方を両立して活動していきたい。

Q:エピペンのネーミングは、エピネフリンに由来しているのでしょうか?
A:専門的な化学の話になるが、エイベル博士が命名したエピネフリンは、副腎エキスから目的の物質をベンゾイルと結びつけることで分離されたが、その後目的物を単離することができなかったので、結果的には不純物が混じった別の物質を指し示すことになる。エピペンについては、アドレナリンの商標登録を持つパークデイビス社がこれを手放さなかったため、ネーミングに使用することができなかった。

Q:タカジアスターゼのネーミングの経緯とその内容についてもう少し詳しく教えてください。
A:参照:> 寄稿(18) Takadiastase, Adrenaline, Epinephrine の語源考 國方栄二(西洋古典学)

Q:どういう経緯で石田理事長は高峰さんと出会い研究することになったのか?
A:自分は、昭和6年に生まれ、昭和29年に京大農芸化学科を卒業、三共株式会社に入社した。
高峰さんが初代社長であり、タカジアスターゼによってスタートした会社だったが、残念ながら、高峰さんについて詳しく説明を受けたことがなく、定年まで頭のどこかに引っかかっていた。2005年、上野博物館で北里柴三郎150周年の記念展示を見た帰り、1歳年下の高峰さんは翌年が150周年だと気がついた。200周年の時、自分はこの世にいない。「来年やるしかない」と思い立ち、興味を持つ仲間を集め同じ場所で開催した、これがスタートでした。



(記事作成:平成28年12月20日、文責:事務局)